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ムギと王さま

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少し大きい文字
「ファージョンの作品集」の第3巻『ムギの王さま』のもとの題は

「ほんの小べや」
"TheLittle Bookroom"
これは、70歳を過ぎた作者エリナー・ファージョンが
それまでに書いた子供のお話のうちから、
27編を自選して編んだ記念すべき本です。

と、訳者石井桃子さんの言葉です。


この本の中には編纂されているお話は多様で
子どもの現実的な生活をもといにしたもの
風刺を交えたこっけいなもの
昔話的なもの
などなど
多角的な、多視点から驚くほどの世界を書き表しています。

カーネギー賞
アンデルセン賞
レジナメダル(子供の本に尽くしてきた労いのメダル)
など多くの賞があたえられました。

石井桃子さんが
最初に『ムギの王さま』を岩波文庫の一冊として11編を訳したのが
1959年です。
次に「岩波少年少女全集」として9編を加え
「ファージョン作品集」の一冊となって
初めて27編全部を収められました。

不思議な美しさを持つ
『パニュキス』を最後に入れることができて、
責任を果たしたと訳者石井桃子さんは述べています。

一人の人間を愛し
その人の作品を愛し
その作品を評価しながら、
自分の作品を厳しく見つめながら
大人として成長したと
ファージョンの作品を愛する訳者は分析されました。

イギリスの若い芸術家たちが、
田園で慎ましく暮らしながら
自然の中を歩き回り
豊かな心の交流に身を置いた様子が
垣間見られる世界です。

このブログの小タイトルは、
この広場に遊びたい思いから
お借りしてつけました。

児童文学の扉を開ける楽しみを
あたえてくれたファージョンです。

武士の娘

日本人で初めて!
7カ国の翻訳本となった「武士の娘」

原書は『A Daughter of the Samurai』

杉本鉞子著「A Daughter of the Samurai」

 New York で英語本として出版された。

 

戊辰戦争当時の長岡藩家老・稲垣平助の六女である杉本鉞子(えつこ)について。

明治19年に15歳で単身上京し、23歳で結婚のために渡米。
和骨董店を営んでいた夫の死後に一時は日本に帰国したが、
再び二人の幼い娘達を連れて渡米。
その後、日本文化について書くライターとなり、
やがてはコロンビア大学の講師にまでなった女性である。
彼女が英語で執筆した“A Daughter of the Samurai (武士の娘)”は
アメリカでベストセラーとなり、
7ヶ国語に翻訳された。新渡戸稲造の『武士道』同様、
諸外国に武士の精神について広めたこの本は
鉞子の半生を綴ったもので、
当初は雑誌 “Asia”で連載されていたシリーズに加筆した内容。
武士道は古いという風潮が強まっていた明治期においても、
侍の精神を疑うことなく守り続けていた稲垣家で
厳格に育てられた鉞子の物語は、
子々孫々と受け継がれてきた
日本の倫理観、美意識、そして叡智に溢れている。
{引用}

現代に生きる私たちが、忘れてきたものについて
考えるきっかけを与えてくれる一冊の本。
忙しい日々に、少し立ち止まって
気概を持った生き方に触れてみたい。


詩と死をむすぶもの

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詩と死をむすぶもの
詩人と医師の往復書簡 (朝日新書)

谷川 俊太郎、 徳永 進


2年前に伴侶を看取りました。
                    闘病中、
                    この往復書簡は
                   どれほど慰められ,
助けられ、
励まされたことでしょう。
医療現場で死と向き合う医師と
                   心の動き、問題提起、生死について
                    心で受け止めた 詩人の
                    命の往復書簡です。

えほんのふるさと    谷川俊太郎

えほんのふるさと
                   谷川俊太郎


せんでできてるえほんのみちを
よりみちしながらあるいていって
いろでできてるひろばにでたら
はじめてのうたがきこえてきたよ

おばあさんがこぐまとおどって
おじいさんがいるかとおよいで
ないているこどもがわらいだす
ここではだれもしなないんだって

あまのがわがせせらぎになって
えほんのもりをながれている
えほんのみちのじゅうじろに
たっていることばのみちしるべ

みぎへいったらちへいせん
ひだりへいったらすいへいせん
とちゅうでわざとまいごになれば
ほんとのじぶんにあえるかも

Appendix